さやか寄席・春風亭一之輔独演会

京都から大阪に引っ越したのは、1989年の春で、もう35年も前のことだ。

大阪市内で一度引っ越してから、南大阪に移った。昨年の6月まで、6年11カ月の東京転勤(荒川区に3年5カ月、千葉県市川市に3年6カ月)を挟んではいるが、人生の中で大阪暮らしが最も長い。

しかし、今日訪ねた大阪狭山市には、ついぞ足を踏み入れたことがなかった。もっとも、大東市だとか河内長野市、四条畷市、交野市、摂津市などなど、訪れた覚えのない市はいくらもある。

大阪狭山市は、堺市の東隣で、南海高野線が走っている。市内に3駅あり、一番南の金剛駅には急行が停まるようだが、今日用事があった大阪狭山市駅には、日本最古のダムである狭山池の最寄り駅であるにもかかわらず、普通と区間急行しか停まらない。

駅は線路を挟んで上りと下りのホームが分かれており、改札は下りの先頭側の端にしかない。路面電車の駅を長くしたぐらいの素朴な感じだ。駅前ではたこ焼き屋とコンビニエンスストアぐらいしか営業しておらず、道路沿いにスナックや喫茶店があるが、どこも開いていない。しかし、私を含め、降りた乗客のほとんどは、そんなことは気にも留めず同じ方向へ歩いていく。市立のSAYAKAホールで開かれる、春風亭一之輔師の独演会へ向かうのだ。

しばらく生で落語を聞いていない。4月には露の紫さんの独演会を聞きに行く予定だが、ちょっとむずむずしてきていた。チケットサイト等調べてみると、一之輔氏の独演会が大阪府下であるという。しかも、当日まであと10日ほどだというのに、まだチケットが買える。これは、行くしかないだろうと申し込んでみると、なんと2階席だった。

調べてみると、会場のSAYAKAホールは1200人収容、2階席があるかなり立派なホールだ。なかの芸能小劇場とか内幸町ホール、日本橋社会教育会館あたりとは比較にならない大箱だ。そんなホールの、しかも2階席で落語を聴くというのはいったいどういう感じだろうか、想像がつかないしどちらかと言えば不安だが、「このタイミングで一之輔のチケットが取れたということは行けということに違いない!」と思って決済に進んだのだった。

ロビーは結構込み合っているが、さっさと階段を上がって受付へ。スマートフォンの画面にチケットを表示して通り、さらに2階席(ホールの2階だが建物の中では3階のようだ)への階段も駆け上がって、席に着いた。2階だが最前列、しかし端っこだ。舞台はずいぶん遠い。遠近両用メガネをかけていてもどうもはっきりしない感じだ。

開口一番、一番弟子である春風亭㐂いちさんの「狸の鯉」。ちょっとざらっとした声質。確りとした話っぷりで、口調や仕草で客をうまく乗せている感じ。客席の笑いが絶えず、いい感じに温まった。

そして一之輔師。まあ、いつも落語研究会などで見るように照れなのか何なのか、ちょっとけだるそうに蓮っ葉な感じというか、面白くなさそうな風体というかで出てくるのだが、遠くて表情など今一つはっきりとしないけれど、やっぱり華がある。

大阪狭山市という大阪府下でもマイナーな街を少しいじりつつ、この会も5回目で、最初は30何人、と言いかけてもうちょっといたでしょうがと言いなおし、このホールに2階は必要なのかと思っていたが、今日は2階までいっぱいのお客様で…と。確かに周りを見回すと、2階の一番後ろに少し空席があるだけで、ほぼ1200人入っているようだ。

笑点に出演することになって一躍脚光を浴びたが、この人はそもそもTVタレント的な活動などせずに本業で人気になったわけで、落語の腕でこれだけの人を、大阪狭山市というちょっとマイナーな土地に集めているのだ。ご本人はきたくて来たわけではない人とか、わけもわからず連れてこられた人もいるでしょうがなどと自嘲するが、そんなわけがない。

ぶっきらぼうな風体で時折毒を吐く。毒舌とか悪口が悪いとは思わないが、神田伯山とかシャレにならない感じがあるし、今は亡き桂歌丸氏のCDに収まっているマクラには噺を聞く気が失せるほど嫌なものもあるけれど、一之輔師の場合はそこに自嘲や愛嬌があるから嫌味にならない。そういうのは人柄ではなく、芸人としての技量として評価すべきではないかと思う。ごく単純に、客席を凍らせるような笑芸人はダメだろう。


羽織を脱がぬまま、まずは「新聞記事」。「阿弥陀池」が東京に伝わって変化したもの、という認識で間違いないだろうか。いったんはけずに羽織を脱いでそのまま続けたのがやはり上方発祥の「天狗裁き」で、このふたつは、大阪での会だからというチョイスだろうか。

仲入り後、落語はコンプライアンスとかリテラシーとかジェンダーといったものとはそぐわないが、昔から変わらないのは落語だけでなくサザエさんなんかもそうだと。昔は番組の終わりにジャンケンでは無くて、食べ物を放り投げてパクっといってのどに詰まらせて「んがっぐっぐ」て言っていたのに、「子供がまねをしてのどに詰まらせたらどうする」とクレームが来てはジャンケンに変わった。などという話をしながら、「おさきさん」が登場。「厩火事」だ。

扇遊師匠のCDで聴きこんでいる大好きなネタであるから、入船亭と春風亭の細かな違いなどに注目しつつ、大いに笑わせていただいた。

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