寄席に行ってみた。

浅草演芸ホール、5月2日、夜の部へ。

落語は好きだが、ネタをしっかり聴きたいのと、噺家さんの好みもあって、ホール落語ばかりで、定席の寄席というものに行ったことがなかった。首都圏にいるうちに一度は行っておきたかったのと、扇遊師、一之輔師、文菊師が聴けるというので、浅草演芸ホールを選んだ。浅草に行ったことも無かったし。

秋葉原から、これまで機会のなかったつくばエクスプレスに初めて乗り、2駅で浅草へ。入場券を買ってから、ナイツ塙がYoutubeで紹介していた水口食堂で遅い昼食に炒り豚の定食をいただいて戻ると、浅草演芸ホールは昼夜の入れ替えが無いそうで、まずは昼の部のトリ、林家木久扇師の高座の最後の部分をちらりと見る。

椅子に座り、漫談というか、談志や田中角栄の物まねなどでウケていた。物まねはうまいと思える場面もあり、そうでもないところもあったが、言われなくても談志の真似をしているのだなと思えたぐらいには上手なのだろう。やけに盛り上がっていたが、今や存在そのものが、パンダなどのようなものなのかもしれない。

夜の部、まずは前座の入船亭辰ぢろさん。ネタが何だったか、直後の柳家やなぎさん、春風亭一之輔さんが二人続けて強烈だったので、吹っ飛んでしまって思い出せない。

やなぎさんは初めて聴いた。ネタは「寿限無」だが、後半を大幅にいじってあり、こぶが引っ込むにかけて下げは別のこぶが…、というものだが、とにかく長じたその後の寿限無らしき人物が現れるものの「じゅ」で始まる別の名前の別人で、これが何人か続いていよいよ意外なところに寿限無が現れる。寿限無が出てきたのかなと思わせてそうではないという繰り返しがなかなか面白い。

一之輔さんは研究会とか独演会を視て流石に当代一の売れっ子と感服し、一度生で聴いてみたかったので、こうして聴けて良かったが、出てくるだけで客席の空気が変わるというか、やはり持っている人である。ネタは「噺家の夢」。初めてこの人をテレビで見たとき(「眼鏡泥」)はどうにもぶっきらぼうな芸だなと思ったが、この人のいでたち振る舞いで、寄席でテンポよくやると一見ぶっきらぼうにも映るのかもしれない。それが雑にも拙速にもならず面白いというところがすごいような気がする。

ストレート松浦さんのジャグリング(こういう諸芸がなかなかに見ごたえがあって、それが寄席の良いところだということがようやく理解できた)を経て、古今亭文菊さん。生で聴くのは3度目。前に聴いてから3年以上経っているからか、ちょっと枯れてきたようにも見えて、しかも「落語というのは弱い芸で」とか「あたしが弱いんですが」などと弱弱しく話し始めて…、だったのが、ネタに入ると相変わらず良い声で、この人の話を聴くと、江戸っ子はこんな感じだったんだろうなと思わずにいられない。けんかっ早い野郎とかそそっかしい野郎の舌の巻き具合とか、すごいなと思うのだ。ネタは「つる」。

続いて隅田川馬石さん。馬石さんは2度目だったか。ネタは「ざる屋」で、ざる屋に祝儀をはずむ旦那のテンションが高すぎて、馬石さんはお客さんがついてきていないように感じたようだが、私なんかは旦那の狂気に呆気にとられていたのであって、良かったと思うのだが。

米粒写経の地方をほめたたえるネタのあと、自らを「部屋で爆弾作ってそうな」見た目という柳家わさびさん。題名がわからないが老人がパリピに弟子入りするという新作。面白いが、はとバスツアーのお客さんには何をしているのかわからなかったのではなかろうか。

次が古今亭志ん輔さんで、「替り目」の前半のさらに半分ぐらい。これはどうということもなし。

笑点で昔見たことのある林家正楽さんの紙切り(客席からは一之輔さん、白鳥さんをというなかなか無茶なリクエストあり、何とかしてしまう正楽さんが味わい深い)から、柳亭市馬落語協会会長の「穴泥」。パワハラ問題への対応であまり良い印象がないせいか、ま、これもどうということはないという感想。

仲入り後、柳家喬之助さんの「初天神」。このあたりから、皆さん、主任であった柳家喬太郎さんの代演でトリをとる三遊亭白鳥さんをいじりはじめる。

続いて出てきた入船亭扇遊師匠に至っては、はねて劇場を出たら今日のことは忘れて…などと言われる始末で、新作落語をほとんど聞いたことがない私には、白鳥さんがいったいどんな人で、どんなひどいネタをやるのか、逆に楽しみになってきた。扇遊師匠は九代目扇橋師匠のCDで聴きなじんだ「狸賽」。直伝のネタだろうが、九代目が醸し出す民話のような雰囲気でなく、師匠よりも遊び人っぽいのが面白い。大師匠の三代目三木助は二つ名がつくほどの博打打で、賭場の場面での所作には圓生があきれたほどうるさかったそうだが、このネタは三木助からなのか、師匠が小さん門下に移ってから伝えられたものだろうか。そのあたりも気になってくる。

翁家社中の曲芸(包丁を使った芸は特に見ごたえがあった)で異様に客席が沸いた後、蝶花楼桃花さんの「ん廻し」だが、これは正直きつかった。トリの白鳥さんとのバランスと、客層を考えてずいぶんネタに迷った様子で、そこを割り引くべきなのかもしれないが、だとしても、どうにもテンションが高すぎる(馬石さんはテンションの高い人物を確りと演じていた―演じ分けつつ―のだが、こちらは一本調子にテンション高く演じていただけのように思える。この違いは大きいのではないか)のと、個々の登場人物を演じ分けられていない感があり、聴いているうちにこっちが引いてしまった。この人目当てのお客さんもいたようだが、ちょっと自分には合わない。無理。白鳥さん云々を差し込むのも多すぎではなかったか。

ちょっとこっちのテンションが下がってしまったところへ、柳家小菊師匠のシブい音曲。都都逸を生で聴くのはなかなか良いもので、気を取り直してトリの白鳥さん。

さびれた薬局を営む老夫婦が在庫の薬品を混ぜて惚れ薬を作り、自分たちのなれそめを用法として添えて売るという、それだけでも馬鹿々々しい噺なのだが、林家三平だとかところどころにねじ込んでくる擽りがおかしく、ネタ自体もクラシックの曲のように主題が変奏されつつ終結部に帰ってくるといった具合にうまくまとまっていて、身構えることもなく、ただただ面白かった。

これまで避けてきた寄席だが、何より思い知らされたのは、色物の面白さ。諸芸それぞれの魅力、技術に触れることができるというのはなかなか良いものだ。

しかし、落語については、色々な噺家さんの様々なネタに触れることができるという点では結構だが、トリを務める主任以外は短いネタをやるか途中で切ってしまうかで、じっくりとネタを聴くというわけにはいかないのが物足りない。主任にどうつなぐか、バトンを渡すかという全体の組み立てもあってそうなってしまうのだろうが、ではネタをしっかり聴こうと思うと好きな噺家さんが主任を務めるプログラムを狙うしかなくなって、それだと独演会よりも機会は少なくなるだろう。

でも、4時間程飽きることなく楽しめる娯楽というのはほかに思いつかないぐらいで、これほど面白いものもそうそう無いのも確かだ。なるほど良いものだと思います。

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