なかの芸能小劇場「夏の落語長屋 扇遊夏の独演会」へ。

今年の夏は災害が多い。
生まれて18年ほど住んでいた岡山は、災害のあまり無い土地だったと思うのだが、7月に信じられないほどの水害に見舞われた。
6月には大阪北部で震度6の地震があったが、そのときちょうど私は大阪にいたものの南部の自宅ではちょっと揺れたなという程度で何一つ倒れることも無かったけれど、北部では想像を超える被害があった。

ちょうどあの日、私は休日出勤の振り替えで休みを取っていた。
月曜のうちに東京に戻って火曜から仕事と言うスケジュール。よって、慌てることも無くのんびりと帰ればよかったのだが、入船亭扇遊さんが平成29年度芸術選奨大衆芸能部門文部科学大臣賞を受賞され、その記念興行が上野鈴本演芸場の6月中席で行われていると言うので、朝から東京へ向かおうと言う気になっていた。仕事がらみで土日を大阪で過ごしているから、これを逃せばさらに平日休むかさぼるかするしかないのだがそれは難しい。しかし今日なら、10時に新大阪でのぞみに乗れば、昼の部のトリには十分に間に合うぞ、と。
そして、さあ、というところで、地震。新幹線は止まり、仮に新幹線が復旧しても、南部から大阪市内を通って新大阪へ向かう交通網が止まっていたからどうしようもない。泣く泣く諦めて翌早朝の飛行機で東京へ戻ることにしたのだった。

平日夜の落語会だと仕事の都合でなかなか予定が立てにくいから、土日祝日の会を探すことになるのだが、噺家さんを、この人、と絞るとこれがなかなか無い。今回、扇遊さんの独演会が7月22日、日曜にあると知り、ようやく鬱憤を晴らせると、早速予約した。

場所は中野。足を踏み入れるのは、35年ほど前、当時中野に住んでいた友人を訪ねて以来となる。町並みを覚えるほど滞在していたわけではないから、特に感慨も無く、GoogleMapを見ながらなかの芸能小劇場へ。
小ぢんまりしてはいるものの傾斜もあり椅子も座りやすくてよい感じのホール。チケットに整理番号が振られていて、その順に入場するというやりかたもなかなかよかった。
で、この開場の際に、主催者さんから、「来年は扇遊師匠の会が増えますから」と一言。
文部科学大臣賞で、人気、注目が集まっているのだろう。こちとらそんなこととは関係なく、大阪で暮らしている時から目を付けていたのだが、まあ、自慢にもならんわな。

前座は、蜃気楼龍玉さんの独演会に出ていた桃月庵ひしもちさん。入船亭一門の若手が出てくるだろうと思っていたので意外だったが、同門の師淑(というような言い方が落語界にあるだろうか?)の独演会とは勝手が違うのか、ちょっと固くなっていた感じで、声のトーンが少し高く、口調が速くなっていたような印象。ネタは「子ほめ」。

扇遊師匠の一席目は「ねずみ」。故扇橋師匠から受け継がれた、伝家の宝刀というか、お家芸とも言うべきネタで、これはいいものが聴けると、身を乗り出した。
扇橋師匠の録音は2種持っていて、NHKの名人選の方は、宿「ねずみ屋」の息子の卯の坊と出会うくだりを端折って、宿屋に着くところから、高座55周年特選CDセットの方は、卯の坊と出くわすところからネタに入る。で、今日の扇遊師匠はこの、卯の坊と出会うところから。
このネタ、中盤からは、ねずみ屋が受けた非道な仕打ちが語られ、一矢報いるに甚五郎が手を貸す流れになっていくから、のんきに笑っていられるのは、冒頭の卯の坊、そして、ねずみ屋主人とのとぼけたやり取りまで。扇橋師匠は、甚五郎が飄々としつつ落ち着いた渋い感じで、「三井の大黒」の甚五郎がそのまま年を取った感じ。一方扇遊師匠の甚五郎は、もうちょっと堂々として、頼りになる感じで、この噺の甚五郎としてはこっちの方が合うかもしれない。とは言え、卯の坊や主人とのやりとりはテンポよく軽妙で心地よいものだ。
ねずみが彫りあがって、土地の者のおかしなやりとりからねずみ屋が繁盛し、やがて宿敵虎屋が虎の彫り物で逆転、そして、再び甚五郎登場という流れ、扇橋師匠でさんざん聴き込んでいるネタであるからかもしれないが、サゲまで一気に聴き通した。芸がしっかりと継承されつつ、そこにはただ受け継ぐのみでなく個性もあって、古典落語というものは何とも素晴らしいものだと思わずにいられない。


三井の大黒はCDが出ているが、そろそろねずみも出されてはいかがか。


扇橋師匠のねずみ2種。

中入り後、もう一席は「試し酒」。落語会には滅多に来ないのにも関わらず、昨年の扇遊師匠の会とネタが被ってしまったが、ますます円熟味を増す飲みっぷりに、大満足で中野を後にした。

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