新宿武蔵野館で「Mr. LONG(ミスター・ロン)」を。

東京で休みの日というと上野界隈をぶらぶらしているか、単館上映の小屋へ映画を観にいっているかで、年末は新宿へ出かけて新宿武蔵野館でチャン・チェン主演の日本映画、「Mr. LONG(ミスター・ロン)」を観た。
これの前というと、大阪で家内と「IT」を観て、その前は有楽町の角川シネマでひとりで「ボブという名の猫」を観たんだったか。
で、「Mr. LONG」を観て帰って、色々作品のことを考えながら、「ボブという名の猫」との共通点に気がついたのだが、どちらも人間的なぬくもりのない暮らしを送る男が、他者によってぬくもりを与えられる物語なのだけれども、それよりなにより、ドラッグの恐ろしさが基調になっているというか、アンチ・ドラッグ・ムービーというジャンルがあったら両作品ともそこに分類してもいいんじゃないか、と思えたのだった。

以下、ネタバレ含む。

ロンは目の覚めるようなナイフ捌きで人を殺める。
冒頭、台湾でのその仕事ぶりがまず提示される。
ここが大切だ。
生き方、仕事ぶり。あるいは置かれた状況。それが提示され、理解できてこそ、その後の変化や危機や活躍に心が動くのだ。
「ダンケルク」の冒頭、わずか数分で、そこが戦場であり、戦場とはいかなるものかをすっと理解させたクリストファー・ノーランのあの手腕と同様に。
しかしそのノーランも、「インセプション」では、主人公たちのビジネスモデルが、それが成功し報酬を得る場面(あるいは逆に、いつもいつもうまく行かない様子でもよかっただろう)のないまま、最初から困難なミッションにぶつかってあわてふためく様を描いたものだから、少なくとも私はあの映画には最後まで没入できなかった。

それはさておき。

次の仕事は東京、六本木。
クラブでターゲットに容易く忍び寄り、仕事を果たそうとする。が、失敗。
捕まえられ、人気のない空き地で袋につめられ蹴りを入れられる。

そこに男が現れ、、ターゲットのバックについているらしいヤクザを襲う。
男は愛した女を、やくざにどうにかされたらしい。

どさくさに紛れてロンは逃げ、男は殺された。

当てもなくたどり着いた町で、廃墟となった住宅が並ぶ区画の路地で、ロンは昏倒する。
夢を見る。
クスリでぼろぼろになった人の姿。
おそらくそれは、幼いころ見た光景なのだろう。

そんな環境が彼を殺し屋にしたのだろう。

気がつけば物言わぬ少年が傍にいて、ロンを助けようとする。

少年は台湾人の母親とふたりぐらし。
母親は覚醒剤中毒者だ。

父親は、空き地でやくざを襲い、結果的にロンを助けることになった、あの男だった。
店の女とボーイという関係。
店の女に手を出して妊娠させたボーイは焼きを入れられ放り出され、女の方も田舎町に投げ捨てられ、二人は引き裂かれた。

女は売春で金を稼ぎ、やがて客の一人に覚醒剤を打たれ堕ちて行った。
息子は学校にも通っていないのかまだ通う歳でもないのかよくわからないが、ただ寡黙に生きている。

少年がくれた食材でロンはスープを作る。
おせっかいな町の人々が彼の存在を知り、やってきて、世話を焼く。
そしてロンの料理の腕に驚き、屋台を作った。
その屋台でロンは牛肉麺を商うようになる。
金を作って、台湾へ密航するのだ。

しかし、おせっかいで人懐こい人々のペースに巻き込まれ、ロンの日常はおかしなものになっていく。
ロンによる監禁という荒療治で覚醒剤が抜けた少年の母も、すこしずつ人間らしさを取り戻す。
ついには、少年と母親と三人で、日光への温泉旅行に出かけることになるのだが、それは密航船が港を出る日だった。
言葉にも表情にも出さず、終始困惑し苛立っているような顔つきのロンだが、どうやら、この環境に身をおくことを受け入れ始めたように見えてくる。

しかし。
母親は、かつて自分に覚醒剤を覚えさせた男に再会してしまう。
男は彼女を追いかけ、やっと断ち切った薬を打つ。
男はやくざであり、おそらくはロンがしくじった相手から回状が届いていたのだろう。
母親に「あの男ももう終わりだ」と告げる。
屋台の仕事を終えて帰ってきたロンが見つけたのは、絶望して縊死した彼女がぶら下がっている姿だった。

異変を聞きつけ町の人々も集まったところに、やくざたちがロンを始末しにやってくる。
善良だが暴力に対抗することのできない人々。
ロンはナイフを抜き、やくざをひとり、またひとり、鮮やかに突き、刺し、切る。
身を守るためでもあろうが、人々を守ろうとしたかのようにも見える。

程なくやくざは皆死んでしまう。そして、町の長老格の男がロンに言う。
出て行ってくれと。

ひどく重苦しく、しかし冷たく響く。

場面は台湾に換わる。
ロンはカフェで仕事の打ち合わせをしている。
やがて窓ガラスの外、大通りの向こう側に、あるはずのないものが見える。
少年と、あの町の人々。

少年を母親の母国に、ロンの元に連れてきたのだった。
車の流れを止めながら道を渡ろうとする彼らに向かって、ロンは駆け寄る。
そして、それまで日本人の前ではほとんど言葉を発することのなかったロンが叫ぶ。

みんな、どうしてここにいるんだ。

彼は、殺し屋という、住む世界が違う人間として、彼らとの間に線を引いていたのだろう。
本当は、そのあたたかさに、心を通わせて、しかし、押し殺していたのだろう。
それが、終に迸った。

終盤、少し駆け足であったような気はする。
しかし、良い映画だった。

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