黄飛鴻前史「ライズ・オブ・ザ・レジェンド~炎虎乱舞~」。

黄飛鴻という人がいた。中国の、清代末期の実在の人物で、本人とされる写真も残っている。
広東の仏山の生まれ。父の黄麒英は「広東十虎」と呼ばれた当時の広東を代表する武術家の一人であり、父や、同じく広東十虎の鉄橋三から武術を学んだとされる。
漢方薬店兼武術道場の「宝芝林」を営み、市民に武術を教えて自警団を組織し、清末の不安定な世情において治安を守った英雄であったという。
1924年に亡くなったそうだが、1940年代末には、クワン・タクヒン主演で映画になっている。そして、その後の香港映画史、カンフー映画史を辿るとき、黄飛鴻なかりせば、歴史は大きく変わっていたかもしれないと思えるほど、彼の存在は大きなものである。

・クワン・タクヒンは数十本の主演映画や、TVシリーズで黄飛鴻を演じた。そして、相対する代表的な敵役を演じたのがシー・キェン(石堅)であった。ブルース・リーの遺作でありカンフー映画が世界を席巻するきっかけとなった「燃えよドラゴン」で、なぜあまり強そうでもないおっさんがラスボスだったのか、それは、彼、シー・キェンが中華圏の映画界で最も高名な悪役だったからである。

・ジャッキー・チェンは、ロー・ウェイのもとで、期待されながら鳴かず飛ばずの興行成績で駄作を垂れ流していた(いくつか観たが本当につまらない作品ばかりだった。整形前のジャッキーの顔も、よくこれで主役が与えられるなと思える地味なものだ)。「酔拳」がヒットしなかったら、そのうち消えていただろう。彼が「酔拳」で演じたのが、若き日の黄飛鴻である。

・「少林寺」で世界的なスターになったジェット・リーだが、「少林寺2」「阿羅漢」まではまだしも、その後、作品に恵まれず低迷する。彼が再浮上するきっかけとなったのが、ツイ・ハークと組んだ「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」であり、そこで演じたのが黄飛鴻である。

さて、最近の中華映画のスターの中に、エディ・ポンという人がいる。私にはジム・キャリーにそっくりに見えるのだが周りにはわかってもらえない。流し見だが二作品ほどざっと観ていていい顔立ちだし、アクションも悪くないと思っていた。
彼が若き日の黄飛鴻を演じた作品があり、DVDが発売されていて、買おうかどうしようか少し迷っていたのだが、やがて、Amazonプライムで公開されるようになった。それがこの、「ライズ・オブ・ザ・レジェンド~炎虎乱舞~」である。



クワンの作品にしても、ジェットの作品、あるいは、ショウブラで谷峰がやけに実直な雰囲気の黄飛鴻を演じた作品があったりするけれど、「酔拳」2作やドニー・イェンがお父さんを演じた「アイアンモンキー」といった例外を除けば、作中の黄飛鴻はすでに医術とクンフーにおいて名のある人物であり、弟子たちとともにならず者や、労働者あるいは女性をアメリカにかどわかそうとする悪人などを懲らしめる。
本作は、英題が表すように、伝説が勃興するさま、すなわち、伝説の前夜とも言うべき黄飛鴻の若き日を描いた作品だ。その点において「酔拳」と比すべきものだろうが、シリアスさの度合いが違いすぎる。それに、「酔拳」は正直言って主人公が黄飛鴻である必然性がほとんどない(故に「酔拳2」ではしっかりと家や家族を描いたのだろう)が、こちらは「いかにして彼は黄飛鴻となったのか?」を、大胆な設定で描こうとしている。
広州の港湾地帯で、よき仲間たちと出会いながら、一方港を牛耳るやくざに虐げられる貧しい労働者層の悲哀を刷り込まれた少年期。父との死別。山中での義兄弟との修行。そして、港町に戻っての、やくざ者への陰惨な復讐。大切な仲間を失いながら、ついに胸を張って挑む町を変えるための戦い―そこでようやく、黄飛鴻ものには欠かせない、「将軍令」のメロディが流れると、軽く涙腺が崩壊した―。

ネタバレを含む。

とは言え、正直言って、やくざ組織をつぶすために組織の中に入って大幹部になる、大幹部になるためにはどんなことでもやってのける、というのが、それほど良いプロットとは思えない。「インファナル・アフェア」などの、香港系お得意の潜入捜査的な緊迫感を出したかったのだろうかとも思うが、あのひりひりするような緊張は双方に内通者がいたりするところや、組織対組織での多面的な裏のかき合いなどからもたらされるのであって、今作にはそこまでの要素がないから、ともすればやりすぎな感じが先に立ってしまうのだ。

しかし、為すべきことを為し終えて、最後に映し出される「宝芝林」の看板。それを見ればもう、良かった、飛鴻はまっとうな道に戻ったのだと安堵できる。そう、これはきっと黄飛鴻好きのための映画なんだな。だから自分にとっては、及第点。アクションも佳し、キャストも佳し。

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