RZA監督の武侠映画「アイアン・フィスト」。

最近と言うかここ数年、劇場で映画を観る事が無くなった。もともと少なかったのがほぼ皆無になった。レンタルもしない。しかし、光TVのCSチャンネルで、放映されているものを観たり、ヴィデオ・オンデマンドで映画を購入して観たりはしている。
3月の連休にオンデマンドで観た「アイアン・フィスト」はラップ・グループ「ウータン・クラン」のリーダーであるRZAが原案、脚本、監督、音楽を手がけつつ主演した―主演だと思うが、何故か序列ではラッセル・クロウが筆頭になっている―カンフー映画と言うか武侠映画だ。原題は「The Man with the Iron Fists」。2012年公開で、クエンティン・タランティーノが"Presents"という関わり方をしている。

「ウータン・クラン」は即ち「武当派」のことである。武侠小説、映画などに登場する、「少林派」と並ぶ名門であり、しばしば最強とされる門派だ。創始者と伝えられるのは張三豊、太極拳の伝説的な開祖である。武当派を描いた作品としては、映画だと、ショウブラザースに「少林拳対武当拳」と言う作品が、小説なら金庸の「倚天屠龍記」がある。また、しばしば映画の題材となる方世玉の物語では、方世玉は少林派、宿敵白眉道人は武当派で、しかも武当派は異民族である清朝の手先として少林派をはじめとする「反清復明」の志士たちを迫害する悪役にされている。このあたり、清代に書かれた武侠小説の原型とされる「万年青」に由来するそうだが、「万年青」では乾隆帝が主人公(水戸黄門の様なものらしい)であり、方世玉をはじめとする少林派は無法者集団であるかのように描かれ、退治されていく。時代が下がって、ショウブラの「嵐を呼ぶドラゴン」をはじめ、多くの映像作品で立場が逆転してしまったわけだ。
しかし金庸さんは「笑傲江湖」でも武当派を良識派として描いているし、「鹿鼎記」では明末の腐敗を一掃し善政を敷きながら異民族として憎まれる康熙帝をどちらかと言えば擁護した描き方をしている。このような作品は少数派であろうが、そうしたところに流石香港の識者、一方的な視点に立たないバランス感覚、金庸さんの只者ならぬところが窺える。



それはともかく、香港のカンフー映画、武侠映画はアメリカに輸出され主に有色人種の間で高い人気を誇ったらしい。確かに、私自身1985年だか86年だかの春にニュー・ヨークを訪れ、42丁目だったか、映画館でカンフー映画4本立て6ドル―忍者が出てくるような怪しげなものばかりで、まともにストーリーを追うことも困難だった―なんてのを観たりもしたが、客席は黒人ばかりだった。そうした中で、「武当派」の名は観客たちの記憶に残り、伝説的なラップ・グループの名となり、因果は巡ってそのリーダーが武侠映画を撮ることで、開高先生風に言えば、「円が閉じた」わけだ。

清代だろうか、幾つかの幇会(この言葉は劇中の字幕には出てこないが)が鎬を削る「叢林村」を、政府の金塊の輸送団が通過するに辺り、幇会のひとつ猛獅会に護衛の依頼が来る。猛獅会の幇主である金獅子はそれを受諾するが、金塊に目の眩んだ手下の銀獅子、銅獅子が裏切り、金獅子をそれと分からぬよう他の幇会との抗争の最中に暗殺して組織をのっとり、金塊強奪に備えてまずライバルとなる他の幇会を殲滅にかかる。
村には何故か黒人の鍛冶屋=主人公がおり、幇会間の抗争が始まって武器作りの依頼が殺到する。ルーシー・リュウが経営する娼館で働く愛人を身請けするまであと少し。汗水たらして金を稼ぐ。
一方、金獅子の息子ゼン・イーは旅に出ていた。父親の訃報を聞いて、銀獅子が放った刺客に襲われながら村へ向かう。
その頃村には好色で非情なナイフ使いの白人ジャックが現れ、ルーシー・リュウが経営する娼館に逗留する。
この3人と、銀獅子、銅獅子、吹き矢を使う謎の男、体を金属のように硬化させて刃物も効かないブラス・ボディことWWEのバティスタなど猛獅会の面々、ただの娼館の女将とは思えぬリュウらがそれぞれの目的の元に動き、血を流す。タイトルの由来は、終盤になってわかる展開であるから、記さずに置く。

出来としては、一言で言ってなかなか、だ。往年のカンフー映画、武侠映画へのリスペクトが感じられるし、残酷さも「気」の超能力的な扱いも予定調和もお約束的なシークエンスも、良く出来ている。ただ、CGによる演出が激しすぎるところがあり、そこは視覚的に説明せずとも「中国武術の神秘」で済ませてしまえばよかったのにと思う。ちょっと残念だ。
RZAはなかなか良かったし、わずかな時間とは言え「キルビル」で白眉道人を演じたゴードン・リュウこと「少林寺三十六房」のリュウ・チアフィーの出演も―タランティーノがらみで予想できたことだが―満足度は高い。そして何より、ぱっと見で気づかずエンドロールを観て驚いたことに、チェン・カンタイ(陳観泰)とレオン・カーヤン(梁家仁)がほんのちょっとだが出ているのが嬉しいおまけだった。

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