キース・トムスンの「コードネームを忘れた男」。

優れた諜報員が老人性の痴呆と言うか健忘症と言うか、とにかく息子のことさえ忘れていて、しかしその職業ゆえに重大な秘密を握っており、それを理由に本人、そして息子まで狙われることになる。その重大な秘密も忘れているものだから何故狙われているのかもよく分からぬまま、長年身につけた諜報員としてのノウハウで抗って行く。その過程を父親の真の職業を知らずにいた息子の視点から描くことで、スリリングなスパイアクションとスラップスティック・コメディが一体となった快作が出来上がった。それがキース・トムスンの「ぼくを忘れたスパイ」で、その邦訳発売から3年を経て、続編「コードネームを忘れた男」が出た。前作同様、それほど分厚くない上下2巻の分冊だ。



作品世界の時間は前作からすぐに繋がっていて、前作の登場人物の名前も頻繁に出てくるので、まずは、前作未読で取り掛かるのはよろしくない。既読であっても、3年前の本だから、もう一度読み返しておく方がよかったと、しばらく読み進めてから気付いたが後の祭り。もう一度、二作続けて読むべきだと感じている。
主人公のチャーリーは競馬狂のダメ人間で、前作では身に覚えの無いことで正体不明の連中に追い回されながら、危機に反応して明晰になる父親(と、後半からは彼女も)のおかげで生き延び、逃げ延びてきたわけだが、今作でもそれは相変わらず。ただし、父親から(そして彼女とも)引き離されたりして、彼にとって人生の難易度はさらに上がる。それを乗り越えていく様を見ると、コメディタッチのスパイアクションであると同時に、ある種の成長譚にもなっていて、少しだけだが、ウインズロウのニール・ケアリーものを髣髴させる。ちょっと分量が少なく物足りない感じはあるが、なかなかの良作だ。

前作の邦題は、007シリーズの「私を愛したスパイ」あたりのもじりだろうと思うが、今回はブライアン・フリーマントル作品だろう。そして、最終局面でこの邦題の意味がわかり、ちょっとやられたなと思った。意図した引っかけだったのだろうか?

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