R.D.ウイングフィールドの「冬のフロスト」。

作者が他界してもう読めないと思っていた、イギリスの作家ウイングフィールドの「フロスト警部」もの、邦訳未刊の作品が2点残っており、そのうちのひとつ「冬のフロスト」が6月に発売されていたので、少し遅くなったが入手した。
上下2巻でなかなかのボリュームだ。値段の方も文庫としてはかなりのものになる。通勤の行き帰りで読もうと思っていたのだが盆休みに入ったので、上巻をゆっくり読み進めておいて、下巻を本日の東京出張のお供にすることにした。



見栄っ張りのマレット署長が、他の警察署との合同捜査にほいほいと署員を差し出し、デントン警察署はいつにない人手不足に陥っている。
子供の行方不明事件が起きている。手がかりは無い。
忍び込んだ家の枕カバーに盗んだ品物を詰めて去る連続窃盗犯がはびこっている。
ロンドンでのサッカーの世紀の一戦で暴れたフーリガンを収容して、署内は滅茶苦茶。
娼婦が殺された事件があり、連続しているかどうか分からないが別の娼婦が殺された。
武装強盗が行方をくらました。
これだけでももう大変なのに、庭を掘り返して出てきたという骸骨を持ち込んでくるおっさんがいる。
その上野心に燃える女性警部代行がとある事情で休暇をとらねばならなくなる。

こんな非常事態に臨む現場のリーダーであるフロスト警部だが、推理の才能があるわけではなく、イアン・ランキンが描くリーバスのような孤高の猟犬でもなく、ごく普通の市井の人、むしろ勘違いや思い込みの目立つ凡人だ。組織は常に人手不足だが事件事故は待ってくれる筈も無く次々と起こり、七転八倒、どたばたと駆け回る。
そして彼を支えたり故意ではないが足を引っ張ったりする脇のキャラクターたちも、やはり特別なヒーローではない凡人で、領収証を書き換えたりサボったりどじを踏んだり、愚痴ばかりこぼしたり。卑俗で出鱈目だが、フロストも仲間たちも、底の部分では善良であり、ウィングフィールドは(翻訳の素晴らしさもあるのだろうが)、彼らの駄目なところもしっかりと描き込んで、魅力的で生き生きとした人物造形を行っている。
だからだろう、このシリーズを読んでいると、自分もデントン署の一員になったかのように、彼らの忙しさを追体験していると感じることがある。文庫本の値段としてはちょっと目を瞠るが、それが全く惜しくないほどに、こちらを引き込む力があるのだ。惜しむらくは邦訳未刊の作品はあとひとつだけ。焦らず待ちたい。

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