色川武大の「怪しい来客簿」。

「狂人日記」を読み終え、続いて「怪しい来客簿」も読了、鞄には「百」が忍ばせてある。ひとり「色川武大まつり」という状態だ。


「狂人日記」はもともと福武書店から刊行され、家にあるのはその後福武文庫から出た文庫本だが、今は福武文庫、いや、福武書店そのものが無いのではなかろうか。
カバーの表紙絵が、有馬忠士という作者の友人のご兄弟の方によるもので、モノトーンの線と面だけで構成された冷徹でややもすると恐ろしい作品だ。奥に山の稜線があり、その手前の平地に黒く塗られた細長い三角形が林立している。全ての生命が滅んだ後、立ったまま石化した森の様だ。
作品そのものが、この有馬忠士さんの闘病生活の話から着想を得ているのだが、仮にそうした関連を知らずとも、カバー絵の単純な構成の中に潜む孤独と荒涼とした絶望感は心を打つ。
現在手に入る本には使われていないようで、残念だ。


「怪しい来客簿」は、かつて阿佐田哲也作品を揃えていた角川文庫から出ており、書店の店頭でも麻雀小説の横に並んでいたりしたから、私をはじめ、阿佐田ファンが手を出す最初の色川作品であったように思う。今では、これ以後に世に出た多くの作品と並び、代表作のひとつと言う位置づけだろうか。
一人称で、思い出、思い出の中の人について語る。エセーの様でもありフィクションの様でもあり、虚実が綯い交ぜになって読者を絡め取り作品世界に引き摺り込む。色川作品の最大の特徴は作者の人生観から滲み出る異端者や半端者へのフラットで温かい視線であるから、ともすれば小説を通じて作家の人となりを愛してしまい、その優しさに心を奪われて、作品そのものがそっちのけになりかねない。しかし今歳をとり落着いてこの本を読み返すと、組み立て、技術的な面でも只者ではなかったことがよく分かる。

コメント

人気の投稿