金庸の「連城訣」。

「鹿鼎記」を読み終えると、大抵これまでは登場人物が共通する「碧血剣」を遡って読んだりしていたのだが、今回は「連城訣」に手を伸ばした。



剣の師父とその娘しか身寄りがない素朴な若者、狄雲。師父の弟子は自分と娘だけで、しかも街に道場を構えているわけではなく、農村で牛を飼い田畑を耕して暮らしている。ある日、師父の兄弟子に招待され、三人揃って初めて大都市に赴くが、師父は兄弟子を刺して逃亡、自分は罠に嵌められ武術を使えぬ身体にされ投獄される。ここまで、まだ序盤だが、急転直下に話が進む。
金庸作品中で最も悲惨な主人公を据えた作品と呼ばれ、それほど複雑ではないが謎解きの要素も含み、ミステリアスでもある。しかし、重苦しいはずなのに、どこか、深刻になりきれない雰囲気が漂って来る。
それは、狄雲と言う若者の、郭靖並みに純朴で馬鹿正直な気質がもたらしているのだろう。
古龍の作品は余り多く読んでいないが、もし狄雲が古龍作品に登場したら、数ページのうちに死ぬはずだ。江湖とは善良なだけでは生き延びられぬ過酷なものなのだ、ということを表現するためだけに、使い捨てられているだろう。
しかし金庸は、そうした人格を、(余りにも都合の良い幸運やドーピング的な強さのインフレーションを用いてではあるが)愛おしむ様に成長させていく。金庸自身は、楊過や令狐冲を好んでいるとのことだが、狄雲、郭靖、あるいは「侠客行」の狗雑種など、寧ろ朴訥、愚昧な若者の方が生き生きと描かれている様に見えるし、そこにこそ、他の武侠小説作家に無い金庸作品の魅力が潜んでいると思う。

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