開高健の「耳の物語」。

「破れた繭」、「夜と陽炎」の2作に別れていたものを、一冊にまとめた文庫。「音」によって自らの生涯を語ってみようと言う試み。「味覚」や「触覚」なら兎も角、開高先生と音、即ち「聴覚」と言う組み合わせは、何だか物珍しく感じられる。



最初のうち、いつもと違う文体で戸惑う。晩年に差し掛かっての自伝小説、しかも「音」を媒介に書いていこうと言うので失礼ながら手探りで進んでおられるようだが、徐々に乗ってこられると、だんだんといつもの開高健らしくなって来る。蓮の花の開く音、空襲警報、焼夷弾の落下音、アイヒマン(だったか?)裁判の同時通訳、ベトナムの戦火の音、モーツァルトのジュピター、娘さんの鼻歌、アルビノーニのアダージョ、その他もろもろ。しかも、結局は「音」だけでなく、書物や食べ物やらにもやはり触れずにはおられぬようで、幼年期から、初老に至るまでの味覚や触覚や視覚、あれやこれやがちりばめられている。

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