「暗闇にひと突き」と「八百万の死にざま」。

ローレンス・ブロックのマット・スカダーもの、長編のうち、2冊だけハヤカワミステリ文庫から刊行されている(されていた、か?)。
最初に買って読んだのがそのうちのひとつ、「八百万の死にざま」で、次いでやはりハヤカワの「暗闇にひと突き」へと進んだ。遡って、二見文庫で第一作から読み始めたのは、それから後のことになる。



シリーズ4作目の「暗闇にひと突き」は、ボリュームもそれまでの3作と大して変わらないのだが、どこがどうとはっきり言えないものの、厚みが増してきたような印象だ。もともとこのシリーズの犯罪者はたいてい倒錯しているし、1970年代にしてすでに衝動殺人的なものや、利害を超えた殺人を描いている点において、ブロックの慧眼には恐れ入るのだが、この作品における犯人像の現代的リアリティには打ちのめされる。最初期の3作と、続く「八百万の死にざま」とを繋ぐ踊り場のような位置付けになると思うが、この階段、ここまででも大きなステップアップと言えるだろう。



そして「八百万の死にざま」で、シリーズはピークを迎える。昔から探偵小説のガイドなどで「アル中探偵」と紹介されるスカダーだが、初期の作品を除けば、カート・キャノンやミロドラゴヴィッチのように酔いどれているわけではない。
スカダーは、呑めば死ぬ、と言う状況に追い込まれ、記憶の欠落など自身でも不安を覚える症状に直面し、酒を断とうとし、実際にそう努力するアル中だ。アル中ではあるが、呑まない。いや、アル中だからこそ、呑まない。
そうなる転機が、この作品だ。年々生きることが難しくなって行く世界で、過去の悔やむべき出来事のために様々なものを放棄し、アルコールで後悔や苦痛を紛らせながら生きてきて、ついに救いであったはずのアルコールにゆっくりと殺されつつあった男が、自ら依存を認め、愛すべき甘美な殺し屋に立ち向かおうと決意する物語。天才的な犯罪者が組み立てた込み入った謎を解くわけではないし、奇想天外なトリックなどない。アルコールのせいで遠回りをしたり記憶を飛ばしたりしつつ、淡々と事実を拾い集めていく。それを繋げて真実へと近づいていく。
いつまでも、ハードボイルドノヴェルの代表として、名作のひとつとして挙げられるべき作品だと、あらためて痛感した。

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