最近の通勤の供。


近所のショッピングモールに入っている書店で、芥川を読み直そうと棚を見ていたら目に入ったので購入。仕事のある風景と言うか日常が書き連ねられているのかと思っていたら、やがて著者が到達した死生観へと舵が切られ、量子力学や哲学、詩と仏教が語られ始めてちょっと面食らった。


すでに10歳だったか、10歳になる手前だったか定かでないが、夏休みに従兄の家の書棚にあった日本文学全集の芥川龍之介の巻に修められていた「河童」を読んで、たかだか10年ほどの人生であったがそれまで常に身に付き纏っていたもやもやしたものの正体を思い知らされた。発見したと言うよりは、わかっていて気づかぬふりをしていたものに、無理矢理直面させられたといったほうが正しいだろう。そして私は虚無的で醒めて酷薄で無気力な人間になってしまった。しかしそれは人として誤っているのではないかと常に思い、それでどうにかそこから抜け出そうとはしてきたが、今も根のところでは抜け出せていない。もう一度「河童」を読むことで、何か変わるのではないかとふと思ったが、昔ながらの版であるせいか書体や級数がどうにも老眼につらい。

コメント

人気の投稿