大阪では「カラやん」と言ってみると少しかわいいかもしれない。

昔は親戚の家とか友達の家に行くと、ステレオがある家なら少なくとも1枚ぐらいはクラシックのレコードがあって、たいていはカラヤン指揮のベートーヴェンだったりした。
自分がオーディオへの興味からクラシックを聴くようになって、ディスクを選ぶときに、カラヤンは自然と避けていたが、それは好き嫌いということでなく、カラヤンならいつでもどこかで聴く機会があろうから、どうせなら周りがあまり持っていないものを買おうと言う動機だったように思う。同じことが、友人が好きで何枚か持っていたショルティにも言える。

CDでクラシックを聴くようになってもそうした癖の様なものが抜けずにいて、長く、リヒテルのソロだからと言うことで買ったチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番ぐらいしかカラヤンのディスクは持っていなかったけれど、ショスタコーヴィチの10番なんか聴くとやはり、カラヤンはなかなか良いわけで、曲目によってはカラヤンを無理に避けるのも意味のないことであるから、寧ろ積極的に聴いてみたい気になってきている。

例えば、アダンのバレエ「ジゼル」。NHKの「音楽探偵アマデウス」でプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」が取り上げられているのを観ていて、バレエ経験者である妻に組曲版を買ってきてやろうと思い立ち、「ロメオとジュリエット」はスクロヴァチェフスキ指揮のものにしたのだが、ついでに店頭で見つけた「ジゼル」がカラヤン指揮ウィーンフィルのものだった。
アナログ時代にはマゼール指揮クリーブランド、テラークの録音で聞いていた「展覧会の絵」も、オリジナルのピアノ版とセットになっているものはないかと探すと、カラヤンのディスクが廉価盤になっていて、じゃあ、これでいいやと。

アダン:バレエ《ジゼル》

ムソルグスキー:展覧会の絵(ピアノ&オーケストラ版)

で、聴いてみると、いずれも当たり前にオーケストラらしい迫力があり、美しく、メリハリが利いている。この曲はそれじゃあだめだとか、レガートがくどいとか多分、言い出せばあれこれあるのだろうけど、あまり聴きこんでいない曲を、まずしっかり鑑賞してみようというときなど、カラヤンのディスクと言うのは、「外さない」選択になるのではなかろうか。

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